2026-05-01から1ヶ月間の記事一覧
しばしば「英語で論文を書くことは英語帝国主義である」という主張がある。自国語で論文を書かないことが認識的多様性を損なう(周辺的不正義を助長する)という主張である。 しかし私はこの主張は仮言的であると考える。つまり、「言語に周辺的な存在論が含…
主張は表題の通りである。 論理は非常に単純だ。Littmann (2014) によれば、公に向けて哲学を書くことは道徳的義務であるからである。それに加えて言語的不正義に関する理由もある。大規模言語モデルがウェブ上の言語資源を反映しているのだとすれば、言語的…
タイトルはややミスリーディングである。哲学をすることじたい(観想であれ、何であれ)は、大学に属していなくても行うことができるからだ。 ここで言いたいのはそういうことではなく、哲学の論文を書くことが大学に属していなければ難しいと言っているので…